ブランドの世界観を、手に取れる商品へ
Dscoopベトナムサミット では、モデレーターのリンジー・ナトリー氏が、マルゥ・チョコレートのヴィンセント・モンロー氏とRice Creativeのジョシュア・ブライデンバック氏を迎え、ベトナムを代表するブランドの一つであるマルゥを支えてきたパートナーシップについて話を聞きました。 この対談から見えてきたのは、印刷サービスプロバイダー(PSP)が果たすべき役割の大きさです。印刷会社の仕事は、完成したデザインをそのまま形にすることだけではありません。ブランドやエージェンシーとともに、商品にどのような可能性があるのかを探り、新たな価値を生み出すことも重要な役割となります。
パッケージは、ブランドのストーリーを伝える
マルゥのブランドを形づくっているのは、チョコレートそのものの味わいに加え、ベトナム産カカオへのこだわり、職人によるものづくり、そして農家や地域コミュニティとの長年にわたる関係です。
Rice Creativeに求められたのは、こうしたブランドの価値を、消費者にひと目で伝わる形に落とし込むことでした。
多くの商品が並ぶ店頭では、消費者が商品の原料や産地、つくり手について何も知らないまま購入を検討することも少なくありません。そのため、パッケージには、ブランドの本質を損なうことなく、商品の魅力を瞬時に伝えることが求められます。
その役割を担うのは、グラフィックデザインだけではありません。色や紙の種類、手触り、メタリックな装飾、印刷技術、さらには商品を手に取ったときの感触まで、あらゆる要素がブランド体験を左右します。
マルゥにとって、パッケージは単なる包装材ではありません。商品が生まれた背景にあるストーリーを、購入する瞬間、そして実際にチョコレートを味わう瞬間へとつなぐ重要な役割を担っています。
ここに、印刷会社が付加価値を生み出す大きなチャンスがあります。
商品開発の初期段階から関わる
印刷会社がプロジェクトに参加するのは、ブランド戦略やデザインの方向性がすでに固まった後、というケースも少なくありません。その段階では、打ち合わせの内容も仕様や価格、納期の確認が中心になりがちです。
今回の対談では、こうした進め方を見直す必要性が指摘されました。
PSPが企画の初期段階から参加すれば、次のような点について専門的な知見を提供できます。
特に、これまでにない形状や仕様のパッケージを開発する場合、印刷会社が早い段階から関わる意義は大きくなります。
顧客にどのような体験を届けたいのかを理解していれば、単に「この仕様で印刷できるか」を判断するだけでなく、より適した素材を提案したり、新しい技術を紹介したりすることもできます。そうした提案が、クリエイティブチームの当初の想定を超える成果につながる可能性もあります。
「できません」ではなく、「どうすれば実現できるか」を考える
ジョシュア氏は、マルゥが創業当初に協業していた印刷会社について紹介しました。同社は、もともと結婚式の招待状などを中心に手がけていた、小規模ながらも起業家精神にあふれる企業でした。
同社の強みは、好奇心を持ち、新しいことに積極的に挑戦する姿勢にありました。クリエイティブチームと協力しながら、シルクスクリーン印刷やエンボス加工、従来とは異なる製造方法にも取り組みました。
初めて目にするようなアイデアを持ち込まれても、すぐに断るのではなく、どうすれば実現できるかを考える。その姿勢が、印刷会社、エージェンシー、ブランドの三者がともに成長する原動力となりました。
大切なのは、技術的な制約を理由に話を終わらせるのではなく、解決策を探るきっかけにすることです。
例えば、PSPは次のような問いを通じて、実現に向けた議論を進められます。
- まずは小規模な生産や段階的な発売から始められないか。
- 商業的に成立させるためには、何を変更する必要があるか。
サンプル制作を、クリエイティブを支えるサービスに
印刷会社にとって、サンプル制作は負担の大きい仕事でもあります。時間がかかるうえ、通常の生産工程を中断する必要があり、ごく少量の制作でもコストがかさむことがあります。
一方、ブランドやデザイナーにとって、サンプルはアイデアを検証するために欠かせません。実物を手にすることで、大量生産に踏み切る前に色やサイズ感、手触り、店頭での見え方を確認できます。画面上では気づかなかった問題点や、新たな可能性が見つかることもあります。
マルゥでは、完成した包装材を製造する前に、ラベルを使って新しいデザインを試すことがあります。実際に手に取ったときの印象や、狙いどおりの視覚的なインパクトが得られるかを確かめるためです。
こうした取り組みは、印刷会社がサンプル制作の役割を見直すきっかけにもなります。サンプルを単なる少量生産の注文として扱うのではなく、商品の完成度を高めるためのクリエイティブサービスとして捉えることが重要です。
質の高いサンプルは、最終製品の方向性を明確にするだけでなく、社内の意思決定者を説得する材料にもなります。結果として、商品を市場に投入する際のリスクを減らすことにもつながります。
さらに、依頼されたサンプルを制作するだけでなく、別の選択肢を併せて提案することも有効です。例えば、素材や加工、色の表現方法、製造工程を変えたサンプルを提示すれば、より良い仕上がりにつながる可能性があります。
こうした提案を通じて、印刷会社は仕様を理解するだけでなく、その背景にある目的まで理解していることを示せます。
ブランド独自の個性を守る
現在の印刷技術を活用すれば、高品質な製品を短期間で安定して生産できます。しかし、効率を重視するあまり、ブランド同士の見た目や手触りが似通ってしまうこともあります。
使い慣れた素材や加工方法を、利便性だけを理由に繰り返し採用していると、ブランドならではの個性が失われかねません。技術的には優れた仕上がりであっても、ブランド戦略の観点では印象に残らない商品になってしまう可能性があります。
マルゥのパッケージが優れているのは、ひと目でマルゥの商品だと分かる独自性を備えているからです。
地域性を感じさせる色使いや装飾的なディテール、手に取ったときの質感が、ブランド全体の統一感を生み出しています。その一方で、それぞれの商品が持つ個性も大切にされています。実際に、包装紙を捨てずに保管したり、コレクションしたりする顧客もいるということです。
印刷会社が考えるべきなのは、「きれいに印刷できるか」ということだけではありません。「この仕上がりは、ブランドらしさを守り、その独自性を際立たせるものになっているか」という視点も欠かせません。
そのためには、試行錯誤が必要になることもあります。
ジョシュア氏が対談で指摘したように、難しい方法を選ぶこと自体に意味があるわけではありません。しかし、アイデアの本質を守るために、あえて手間のかかる方法を選ばなければならない場合もあります。
ブランドやデザインの理想と、商業的な現実との間には、しばしば意見の食い違いが生じます。
ブランドやデザインチームは、感情に訴える表現や独創性、顧客体験を重視します。一方、購買チームは、単価や納期、生産数量、最小発注数量などを管理する立場にあります。
どちらも事業に欠かせない視点ですが、議論が一方に偏ると、双方が納得できる解決策を見つけにくくなります。
印刷会社は、こうした隔たりを埋める役割を担えます。
価格だけを切り離して議論するのではなく、製造方法の選択が商品の価値にどう影響するのかを説明することが重要です。ブランドの認知に欠かせない要素は何か、安全に効率化できる工程はどこか、コストを削減すると仕上がりにどのような影響が出るのか。こうした点を具体的に示すことで、双方が判断しやすくなります。
例えば、次のような提案が考えられます。
- ブランドの魅力を左右する手触りを維持しながら、コストを抑えられる製造方法
長期的な信頼関係が、より良いものづくりを生む
技術も重要ですが、登壇者たちが繰り返し強調したのは、パートナーとの関係性でした。
ブランドは、課題が発生するたびに新しい取引先を探したいわけではありません。自社の期待を理解し、過去にうまくいった方法を把握したうえで、ブランドとして何を受け入れられるのか、何を受け入れられないのかを先回りして理解してくれるパートナーを求めています。
こうした理解は、一朝一夕に築けるものではありません。継続的な信頼関係に加え、双方の誠実なコミュニケーションと、新しいことに挑戦する姿勢が必要です。
信頼されるPSPは、ブランドが蓄積してきた知識やノウハウの一部となります。単発の印刷案件を受注するだけでなく、ブランドイメージの一貫性を保ち、新たな課題の解決を支援し、事業の成長に合わせてブランド価値を守る存在へと発展していきます。
PSPが実践したい9つのポイント
マルゥとRice Creativeの対談からは、印刷会社が日々の業務に取り入れられる9つの原則が見えてきます。
1. 企画の初期段階から参加する
パッケージの形状や素材、顧客体験がまだ検討されている段階から、積極的に関わる機会を探しましょう。
2. 仕様の背景にある意図を理解する
ブランドが顧客に何を見て、何を感じ、何を記憶してほしいと考えているのかを確認しましょう。
3. 解決策と代替案を提示する
当初のアイデアを実現することが難しい場合でも、目指す効果を実現できる別の方法を一緒に探りましょう。
4. サンプル制作を戦略的に活用する
試作品を、アイデアの検証、関係者の説得、リスクの低減に役立つツールとして活用しましょう。
5. 技術的な知識をクリエイティブの議論に生かす
デザイナーが、利用可能なすべての素材や加工方法、技術を把握しているとは限りません。印刷会社ならではの専門知識を積極的に共有しましょう。
6. ブランド独自の個性を守る
印刷品質を高めるだけでなく、完成した商品が「そのブランドならでは」と感じられる仕上がりを目指しましょう。
7. コストだけでなく、得られる価値も伝える
製造方法の選択によって何が変わるのかを明確にし、クリエイティブチームと購買チームの双方が納得できる判断を支援しましょう。
8. 初回の注文だけでなく、その先まで考える
試作品から限定発売へ、さらに商業的に成立する生産規模へと、アイデアをどのように発展させられるかを検討しましょう。
9. 長期的なパートナーシップを築く
信頼関係や知識の共有、新しいことに挑戦する姿勢は、単体の設備や機材以上に大きな価値を生むことがあります。
単なる印刷会社から、クリエイティブパートナーへ
素材や質感、色、仕上げの一つひとつが、顧客による商品の受け止め方を左右します。
企画の早い段階から対話に加わり、専門知識やアイデアを提供できる印刷会社は、魅力的なデザインを、顧客の記憶に残るブランド体験へと発展させることができます。
大切なのは、「これを印刷できますか?」という問いに答えるだけの存在から、一歩踏み出すことです。
「私たちは一緒に、どのような価値を生み出せるでしょうか」。
そう問いかけ、ブランドとともに考え、挑戦する姿勢こそが、印刷会社を単なるサプライヤーから、ブランドの成長を支えるクリエイティブパートナーへと変えていきます。